2008年2月1日(金)
友人達が美味しい物を手に遊びに来てくれました。
人が集まる時には普段あまり作らないレシピを試したくなります。
今回は薄切り大根にイクラとパルメジャーノを乗せたサラダ、じゃがいもとアンチョビとチーズのオーブン焼き、かぼちゃのくるみ醤油あえ、海鮮とごま豆腐の寄せ鍋、とうもろこしのプリンなどを作ってみました。
みんなが持ち寄ってくれたワインや日本酒、ブラックペッパーが効いたキャロットサラダ、きなこの和菓子、フルーツも加わりテーブルの上は色とりどり。
人が大勢集まると、家にある様々な窯元や作家さんのうつわが大集合します。普段なかなか登場出来ない大皿までもテーブルに上ります。
うつわ同士がお互いに引き立てあい、またお料理もとても美味しそうに見えます。
友人達も皆うつわ好きなので、そんなうつわ達の大共演をとても楽しんでくれました。
ふと時計に目をやると、深夜1時。
一緒に大はしゃぎしていた麦茶(犬)は足元でうとうと眠っていました。(麻)
2008年1月14日(月)
モノの値段とは、材料の価格と作り手の技術とその仕事量によって、必然的に決まっています。
値段が高いと感じるモノには、相応の理由が有りますし、逆に安いと感じるモノにも、それなりの理由が有ります。
但し、著名な作家等の作品となると、作品そのモノの価値以外に、名前の持つ価値が付加される場合が有り、また、希少性の高いモノ等も同様です。
ところで、値段が「高い」「安い」といった感覚は、その人によるところで、モノの価値を良く解っていらっしゃる方にとっては「安い」と感じても、それを知らない方にとっては「高い」と感じてしまいます。しかし、それはモノの価値を知らない消費者が悪いのではなく、気付けば世の中に溢れてしまった安価で粗末な作りのモノによって、本来の本物の値段感覚が麻痺してしまったからです。
更にその状況が、日本の手しごとを衰退させている大きな要因のひとつになっています。決して時代の流れの中で不要になった訳ではありません。
日本の物価は戦後とは違い、上昇していることは言うまでもありません。しかし、多くの消費者がモノを選ぶ基準を、品質以上に安価である事を重要視する以上、作り手は従来の品質を維持したモノ作りで生活をすることが出来ません。ですから当然、後継者も無く、今まさに何十年と培われてきた日本の素晴らしい技術の多くが、ひっそりと消えようとしています。
しかし、一方では、一部の若い世代は気付いているのです。小さいですが確かな動きも見られます。それらが大きなうねりとなって、多種多様な生活スタイルの選択肢のひとつとして、存在し続けなければならないと思っています。(貴)
2008年1月5日(土)
新年、明けましておめでとうございます。
皆様のご健康とご多幸をお祈りして。
本年も宜しくお願い申し上げます。
モコディ
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